ゲームは1日1時間といった印象的なフレーズで「ゲーム規制条例」「ゲーム条例」などと呼ばれている「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」について、具体的な法的論点や主張に関する見解です。
条例の全文を確認するには
香川県ゲーム規制条例の内容についてはネット検索で「素案」などが見つかりますが、正式な条文(全文)を確認するには県報(地方公共団体の公報)を見るのが一番確実です。県報は一般的に、各地方公共団体のホームページ等でも公表されています。
ゲームは1日60分?スマホは午後9時まで?
条例の概要
香川県ゲーム規制条例は、令和2年(2020年)4月1日に施行されました。
インターネットやコンピュータゲームの過剰な利用による悪影響から主に子供を守るため、県・学校・保護者等のそれぞれの責務を定めています。
具体的な条項はどうなっているか
香川県ゲーム規制条例では、罰則が設けられているわけではないものの「ゲームは1日60分まで」といった内容が盛り込まれている点が主に指摘され、論評の対象となっています。
具体的にはどう規定されているのか、条文を一部引用します。
要するに、
- 保護者はスマホ使用等について子供と話し合ってルールを決めましょう
- ルールの具体的内容として、ゲームについては1日60分を上限とすること、スマホについては午後9時までに使用をやめることを目安としましょう
という規定の仕方になっているのが分かります。
数字の妥当性
あくまでも目安とされているわけですが、たとえばゲームについて1日「60分」という数字が目安として掲げる数字としても妥当であるかどうかや、スマホ使用をやめる時間についてだけ特に義務教育修了前かどうかで1時間の違いが設けられていることなどについても、議論の余地はあるでしょう。
パターナリスティックな制約
香川県ゲーム規制条例は、1条において「次代を担う子どもたちの健やかな成長」を目的として掲げており、条例の前文では「とりわけ、射幸性が高いオンラインゲームには終わりがなく、大人よりも理性をつかさどる脳の働きが弱い子どもが依存状態になると、大人の薬物依存と同様に抜け出すことが困難になる」といった記述も見られます。
子供を大人の手によって守ってあげなくてはいけないという強い意図が、節々から伝わってきます。
一般的に、弱い立場の者の利益を図る目的で強い立場の者が弱い立場の者に干渉してその権利を制約することを、パターナリスティックな制約と呼びます。
パターナリスティックは「家父長的な」「父権的な」などと訳され、親が子供を叱るように一般的には制約を正当化する根拠として用いられる言葉ですが、制約が行き過ぎると弱い立場の者からはおせっかいで余計なお世話だと捉えられかねません。
具体的な条文の規定内容や数字が妥当かどうかという上記の論点とは別個に、条例全体を俯瞰して、そもそも子供のネットやゲームの利用に対して公権力が何らかの制約を設けることは妥当なのかという点も意識する必要があります。
ゲーム規制条例は憲法違反か?
以上の問題意識を念頭に、法的論点や主張のポイントを考えます。
条例制定権は憲法で定められている
地方公共団体は法律の範囲内で条例を制定することができ(憲法94条)、その地方公共団体が処理する事務の範囲内であれば、ある程度住民の権利を制約するような条例の制定も可能です。一般的に条例自体の論点としては、条例の内容が法律の範囲内であるかどうかと、地方公共団体が処理する事務の範囲内であるかどうかが問題となります。
また、国民の基本的人権も憲法において保障されていますので、法令等によって憲法の保障する基本的人権が侵害されている場合には、その法令等が憲法に適合するかしないかを最高裁判所が決することになります(憲法81条・違憲審査権)。
このように、条例についての法的論点は「合憲性」がメインの論点となり、その判断基準の選択や具体的判断要素としては、どのような基本的人権との衝突があるかという点が非常に重要です。
香川県ゲーム規制条例における憲法上の問題点は
具体的にはどのような主張が考えられるでしょうか。
「法律の範囲内」であるかという論点に関しては、香川県ゲーム規制条例は現に存在する国の法律に抵触しているわけではないとしても、視点を変えると「現状で国が法律で規制しようとしていないことを条例で特別に規制することは許されないのではないか」というかたちで主張することが考えられます。
「基本的人権の侵害」という論点に関しては、侵害される人権として憲法13条の幸福追求権を根拠とした子供の自己決定権やプライバシー権が考えられます。
また、スマホでのSNSの利用やゲームの中でもオンラインゲーム・eスポーツへの参加など特に他者との接点があるものに対する制約については、「ネットやゲームを通して自己の考えや情報を表現し、また他者の考えや情報を受け取る」という子供の表現の自由(憲法21条)や知る権利の侵害につながることも考えられます。
さらに、憲法13条のほか憲法23条(学問の自由)や憲法26条(教育を受ける権利及び義務)などを根拠に保護者の教育の自由(教育する自由)という権利を憲法上の権利と考えた場合、条例の規定は「ネットやゲームの利用方法や利用時間を含む保護者による教育方針の自主的な決定権」に抵触するとして、保護者自身の人権侵害を主張することも考えられるかもしれません。
他方で、これらの主張に対しては、「条例はあくまで家庭内におけるルールづくりの目安を掲げているに過ぎないから、憲法上の基本的人権を侵害しているわけではない」といった反論などが当然想定されます。
もちろんこれらは一例であり、他にも様々な論点や具体的な主張が考えられると思います。
まとめ
このようなゲーム規制条例は、既に施行された香川県だけではなく他の地方公共団体においても制定の準備が進められているようで、全国的に一気に広まっていく可能性もあります。
以上で取り上げたような議論の余地が存在することは事実だと思いますので、法的安定性の観点からも、同様の条例が他の地方公共団体で制定される前に合憲性の判断がなされることを望みます。